滞仏植物記

植物のかたちを研究する学生のフランス滞在日記

重陽(とくに何もない休日)

 金曜はブログを書いた後に研究所の同僚とその友人(以前東京にインターンシップに来ていた人たちだ)に飲み屋に誘われ、23時ごろまでビールを飲む。飲みながらフランス語を教えてもらう。親切でよい人たち。本当に楽しい時間を過ごした。

 結局、この週末は特に何もせず休息に充てた。買い物に行ったほかは少しモンペリエ大学植物園を散歩したくらい。土曜の夜に論文やらを書き進める。日曜は朝から教会の鐘がひっきりなしに聞こえてくる。静かで晴れたいい朝だが、ここではいつものことだ。日光が射さない日がなく毎日美しい。鐘の音を聞きながら少し書き物をする。

 その午後、オンラインで日本の友人たちと通話。いろいろ相談できたことで考えることが少し減る。思えばちょっとこんがらがってきすぎたのだ。論文のこと、植物採取のこと、サンプルの検疫のこと、いろいろな研究提案、企画のこと…。シンプルにしなきゃならない。それらのうちのある事柄については一緒に荷を担ってもらえたおかげで少しすっきりしたが、アタマの中の忙しさに変わりはない。彼らを信じてしばらくの間は務めて気にしない(気にしてもしかたない)ようにしようとおもうが、できるだろうか。またそのうちパラヴァスでも散歩しようかな。

今晩は九月九日で重陽節句だ。キクの品種の写真などみてぼんやり過ごそうと思う。

四半期

滞在三週目が終わろうとしている。約三か月の滞在を十二週と概算すれば、四分の一が過ぎたことになる。次の四分の一ではこちらでの研究を軌道に乗せ、研究室の人々とも色々話せるようになっていきたい(次第に、いっそフランス語が世界の公用語だったら話す言葉が一つ減るのに、と思うようになってきた。)

 

今週はとにかくいろいろなことが進んだ。週の頭には再びCIRADに行って、研究に使っていくツールを導入してもらった。少し触っているうちになんとなく掴めたような気はする。

一方で、木曜にはINRAの指導教官とミーティングして、少し方向転換を仄めかされた。要するに具体的な着手点としての研究テーマの設定を調整してほしいということだが、非常に幸いにして指導教官はオープンで朗らかな人物なので一緒に話し合ていけば大丈夫だろう。むしろいろいろ考えていてくれるようで恐縮なくらいである。そこでもまた新しいツールを教えてもらったので(先ほどのとは用途が違う。ある意味ではそれらのツール間の橋渡しをするのがぼくの仕事である)、今日いじってみた。

 

採取や、パリやトゥールーズ訪問の目途も立ってきた。滞在後半を含め見通しが次第に立ってきたと言えそうだ。だが先日やや憂鬱になっていたように、個人的なことも含めると見えなくなっていくこともある。行動とは別の行動の制約である。

 

とにかく次の目標は外国語と研究。研究は言うまでもないが、こちらでのテーマを軌道に乗せることと、もう一つの目標である植物採取を完遂するために検疫の件含め入念に準備を進めていくこと。外国語はフランス語をもう少し頑張って使っていきたいのと、英語は話す量が増えるにしたがって疲れて喋れなくなってきたのをなんとかしたい。

今週末はすこしゆっくりと休む予定。

 

* * *

 

それにしても、このところ日本で災害が多い。よく研究所でもそのことについて聞かれるが、気になっている。

防犯意識

昼頃、作業しながら考え事。ブレヒトの『ガリレイの生涯』にこういうようなフレーズがある。「汚れた手のほうが、空よりましだ」。ガリレイそのものの科白ではなかったはずだが、彼の性質を表現する言葉だったと思う。なにか信念のようなもの、やる「べき」ことのために汚名を受け入れることは自分にも出来るだろうか。だとしても、その汚れはガリレイのそれと比べたらほんのささやかなシミに過ぎないだろう。それでもクヨクヨと憂鬱になってしまう。

いずれにせよ誠実に対応することだろう。たいていの場合、杞憂に終わるのは先刻確認済みだ。少なくとも一人で異端審問を受けるわけではないはずだから。

 

* * *

 

…というように真剣に色々考えるときもあります。もちろん、なにか明らかな「不正」に手を染めたわけじゃなく、友人との約束を反故にしないといけないかもしれない…ということで少し悩みました(この記事は投稿後に加筆修正されています)。が、そんな悩みを(悪い意味で)吹っ飛ばす事態が起きました。以下、むしろ「不正」の魔の手にかかりそうになった話です。

 

夕方の5時ごろに研究に勤しんでいると謎のSMSが。

「120ユーロの決済のため、以下のコードを誤確認ください」

何のことかと慌てました。それまで現地用のSIMフリー携帯には電話会社からのSMSしか来なかったので、一瞬ローミングか何かが知らないうちに入ってたのかとか、有料の何らかのサービスにアクセスしっぱなしになってたのかとかだいぶ不安になりました。

 

結局、研究所の職員さんにもSMSを確認してもらって「なにも買ってない」ことを伝えると、おそらく架空請求的な詐欺だろうとのことでした。そういえばその前の日に知らない番号からかかってきていて、誤って掛けなおしのボタンを押してしまったのでした。その時はすぐさま切ったのですが、あとから調べてみると「警戒度80%」の要注意番号で、これまでもそういった詐欺に使われてきた前例があるようです。多分、うっかり掛けなおしてしまったときにこちらの番号が知れて、それでそういったSMSを送ってきたのだと思います。もちろん、即ブロックしました。みなさまもゆめ気を付けなされますよう。

 

街を歩くーLes estivales, ファーブル美術館, Palavas-les-Flots

 今回はばっちり「観光」的な内容でお送りします。

先週、このブログで「les estivales」の話題を出しました。

その時は疲労のせいにして肝心の会場までは入らなかったのですが、2018年最後の機会となる今回はしっかり中を見てきました。

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les estivales の様子。あちこちに出店や屋台が出ています。

 

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ここモンペリエはワインの生産が盛んなラングドック地域に属しており、いくつもの生産者、すなわち「ドメーヌ」が存在しています。実際、いまぼくがお世話になっている研究機関でもワインのプロジェクトはいくつもありますし、アメリカとの国際的な協力によりワインの壊滅的打撃を乗り越えた…といったエピソードも小耳にはさむことがありました。les estivales では多彩なドメーヌが自分たちの自慢の製品を引っ提げて代わる代わる出店していて、5ユーロ支払うことでグラス2杯をそれぞれ好きなドメーヌの屋台で継いでもらえます。

 

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海がすぐ近くですから、この牡蠣はおそらく地元のものでしょう。6個入り、とあったのですが7個あるのに食べ始めてから気付きました。おまけしてくれたのでしょうか?

 

気付いたこととして、食べ物の屋台はスペインの料理が多かった印象を受けました。モンペリエはパリに出るよりもスペインとの国境を跨ぐほうが近いですから、その影響かもしれません。文化的にもひょっとするとスペイン北部のほうが親和性がある…なんてこともあるのかもしれません。

 

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家路。夏の金曜の夜の間だけ現れるというのがノスタルジックでちょっと幻想的でした。

 

さて、お次はコメディ広場近辺の探索です。こちらはファーブル美術館。

画家フランソワ=グザヴィエ・ファーブルのコレクションをもとに1828年に開館したそうです。http://museefabre.montpellier3m.fr/(フランス語です)

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看板がよく見えないのでもう一枚。

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日本でメジャーな作品はそれほど多くないのですが、作品数はかなりあり見ごたえがあります。いきなり保存修復のコーナーから始まるのはちょっと意外というか、攻めてるなあと感じましたが、ぼくは割と興味ががあるので結構楽しめました。

ここにある作品はただ産み落とされたまま放っておかれているわけではなく、プロフェッショナルたちによって見守られ継承されて、初めて観客である我々がそれらを見、なにがしかの鑑賞体験を得ることが出来るのだ…というメッセージを感じるというか、「時間に対する敬意」を感じるからです。作品を介して数世紀の時間を超えた対話(のようなもの)の機会を与えてもらっているという——いったい誰と、あるいは何とかはわかりませんが——ことをそれとなく示されたようでした。

 

コメディ広場近辺でもう一つ。ポリゴン Polygone の存在はここで生活するうえで非常に心強く思いました。大型ショッピング施設でなんでもそろいます。今後も幾度となくお世話になると思います。もしモンペリエに長期滞在する方は早めに一度行くと何かと安心できると思いますよ。

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 最後はすこし市街から離れます。美しい海を体験できる Palavas-les-Flots です。

https://www.montpellier-tourisme.fr/Preparer-Reserver/Decouvertes/Escapades-en-region/Plages/Palavas-les-Flots

トラム4番線とそこから出ているバスを乗り継ぐことで1時間弱でたどり着けます。

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ジブリアニメに出てきそうな港町。観光客でにぎわっています。

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磔刑に処されるキリストの像。

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浜まで出ればもちろん泳ぐこともできます。

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船の合間には魚の影が。

 

* * *

 

というように、週末は満喫させていただきました。

研究の毎日もとても楽しいのですが、こういう心和む体験を蓄積することも滞在の総合的な豊かさを高めるために不可欠だと思います。本当に良い体験をしました。

CIRAD

8月30日、研究指導をしてくださる研究者の方を訪ねてCIRAD (Centre de coopération internationale en recherche agronomique pour le développement : 邦訳すると「開発のための農学研究国際共同センター」あたり?) という研究機関に行ってきました。

https://www.cirad.fr/en/home-page

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トラムとバスを乗り継いで行くので少し大変なのですが、この日は一日中付きっきりで先行研究のレクチャをしてもらい、非常に実りがありました(感慨については後述)。来週以降もしばしば来ることになりそうです。

 

* * *

 

[感慨と独り言]

CIRAD でのディスカッションは極めて心躍るものだった。デモは衝撃的ですらあったし、少なくともいくつかのアイディアについては(事前に論文で読んでいたにも拘わらず)感銘を受けた。と同時に、こういう研究がなかなか日本でみられないように思うのは悔しい(ひょっとすると沢山あるのかもしれないが、だとすると今度は自分の不勉強が悔しい)。

数学の普遍性が非常に強力なのは分かっているつもりだったが、認識をさらに上方修正しなくてはいけない。生物数学、あるいは数理生物学においては数学の普遍性(Universality)と生物学の多様性 (Diversity) を往還しつつ行動することが重要なのだと改めて感じた。(しかもプラクティカルなツールとして機能するポテンシャルがあるのがカッコいい!)

 

最適な文体を目指して

今朝は(内容をあえて書くことはしないが)いろいろ考えさせられる夢を見て目が醒めた。様々なことを見たり体験しこの土地が気に入りだしたところではあるが、そのうえで自分がこの滞在をどう位置付けていくのかについて改めて考えてみる必要がありそうだ。…

 

* * *

 

これまでこのブログでは「ですます」調で見聞を綴ってきました。それはその方がぼくが文章を書くときにワンクッション置いて書けるからで、要するにゆっくりじっくり書くことを自分に強いるには都合がよい、という理由からでした。

 

ただ、この方法だと観光向きのことを解説するには悪くないのですが、どうしても研究の中で考えたことや内省めいたことには向きません。自分で自分に自分のことを紹介している……ようで落ち着かないというか、まどろっこしいのです。観光案内はそれでいいし役にも立つのですが(他の人が書いたモンペリエの記事がぼくの情報源になっているように)、それはきっとぼくには向きません。

 

そこでこのブログはしばらく二つの文体を併用します。ただし、混ぜて書くことはしません。いつものように*で区切って、内容に応じて書きやすいほうで書きます。

 

短い間とはいえ、たくさん考えてたくさん行動すること —— それを忘れないよう書きとめ、これを読む誰かと共有し、可能であればその人の考える助けとなる。思考の外部化とリソースとしての開放…というとなんだかカッコつけすぎですが、それもこのブログのありうる一つのありようだと思いますし、それには自分にとっての直観的な言葉も使う必要があると感じました。

 

* * *

 

さて、今日は数学の勉強と、帰ってから少し論文進めた。このあとフランス語の雑誌など眺めて休みがてらフランス語を学ぶ予定。明日は別の農学研究所へ行くので楽しみ。

和食試食会

珍しい機会に呼んでいただけました。先日、偶然に和食トラックの経営を準備している日本人の方を紹介していただいたのですが、今日はその試食会にお呼ばれしました。

おかげさまで日本人の知り合いも何人か作れ、おいしい料理も頂くことができ、大変充実した日になりました。ご家族で経営していらっしゃるようなのですが、お子さんたちが懐いてくれてかわいかったです。癒されました。

みなさんこれから日本に戻らずモンペリエで暮らすという方たちばかりだったので、自分の滞在がなんと一過的なものにすぎないか改めて感じました。3か月は長いようでほんの一瞬で過ぎてしまうのでしょう。あらゆる見聞を蓄えるための時間は短く限定されています。こういう中期の滞在はそう何度もあるものじゃないでしょうから、しっかり噛みしめてやらなきゃいけません。

 

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ところであちらの方に農学専攻だと伝えたとき、自分の学んでいることがすごく間接的にここにつながってるだなとふとよぎりました。当然なんですが農にとって食は関心の大部分です。ぼく自身が数理情報系のアプローチを使っていることや、主対象が花であることなどからときどき自分の学問が「これを射程に入れているのだ」ということがイメージの縁のほうへ押しのけられてしまうのですが、それではいけないなあと思いました。花が咲けば実がなります。ぼくの研究は食糧生産から今は遠いところにありますが、農のあるべき総合性を考えれば「パンと薔薇」の両方を思っていなくてはなりません。