滞仏植物記

植物のかたちを研究する学生のフランス滞在日記

秋きたる

最近、かなり涼しくなってきた。朝などはカーディガンか何か羽織っていないと寒いくらいである。コーヒーブレイクのときに顔を合わせる面々もみな薄いセータかパーカを着ている。これからどんどん冷えていくという。この先には採取があるのだが、気候のことを思うとやや心配になってくる。

それで、植物検疫の件はどうにかなりそう。数日前に共同研究者から連絡があって、書類のフォームを持っている人物を見つけたとのこと。いざとなれば採取が完全に済んだ後にその方の研究室を訪ねて書類作成してしまおうと計画している。とにかくそのことが今はとても心配。

研究は少し詰まっている。具体的な進め方を見失っている。いろいろ読んだりしてみているが、なかなか難しい。考えるだけよりは少し何でもいいから手を動かしていたいのだが。

ポール・アリオ

先日、素敵な装丁の本を買いました。

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PAUL HARIOT, Atlas Coloriè Des Plantes Médicinales Indigènes

1900年に執筆されたポール・オーギュスト・アリオ著『彩色図解・先住民の薬用植物』。これはそのファクシミリ版とのことです。1900年というと第5回パリ万博の年ですね。

ポール・オーギュスト・アリオ - Wikipedia

といってもアリオを知っている日本人はそれほど多くないと思われます。ぼくも知りませんでした。彼は高等薬学院で学んだ薬剤師にして藻類を専門とする植物学者だそうです。このシリーズは他にもいろいろあるようで、薬用植物以外にも高山植物や庭の観賞用植物についてまとめたものがあります(ちなみに、青い表紙の観賞用植物版は何年か前にやはりフランスで買ってました)。

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セリ科のアニスです。

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日本ではあまり薬草というイメージはないですが、スイレンも。

アニスのページには処方のようなものが載っています。ちらほらと他のページにも載っており、実際に試してみることもできそうです(未確認)。

 

* * *

 

さて、そろそろ一つ白状しておこうかと思います(何も悪いことはしてません)。それはこのブログの「元ネタ」についてです。それは今夏(実質的に)閉鎖されたブログ「天文古玩」です。

 

天文古玩:

http://mononoke.asablo.jp/blog/

 

「天文古玩」はその名の通り、天文関係を中心に様々な品物を取り上げて「理科趣味」的—―いわゆる「科学ファン」とは少し違った態度で理学的な事物を愛でる趣向——な観点から考察を綴る無二のブログでした。個人的には記述の丁寧かつ慎重な態度に好感がもて、よく読ませていただいておりましたが、この夏に「店じまい」となってしまいました。ブログの主である玉青さんには感謝と労いの気持ちでいっぱいである一方、貴重な存在が一つ終わってしまったことを素直に残念に思います。

そういったわけで、このブログを始めるきっかけの一つはタイトル通り「フランス滞在」なのですが、もう一つは「天文古玩が終わってしまったので、読みたいものは自分で書いてみよう」と思い立ってのことでした。しかしそのせいかなんだか自分のブログが「天文古玩」の粗製品のように思われてならないことも……。やはり「ですます」調のせいでしょうか(いや、根本的な文才不足だろう)。反芻しながら書きやすいので好きなんですが。ですます。

いずれにせよ、このブログは2018年11月初頭までは方向修正を繰り返しながら続けていくつもりです。そのあとは最初の記事にも書いた通り、分かりません。しかし、植物学版「天文古玩」的に続けられたらなあ、とは画策しているのでぜひ興味のありそうな方に教えていただくなど今後ともよろしくお願いしたく。

午睡あとのメモ

今日もモンペリエは快晴で、まだ少し夏の熱を帯びた風がプラタナスの枝を揺らしています。こんな日は昼寝が気持ちいいです。

すこし昼寝をし体力が回復したので今日はごく少しだけ書きます。

 

先日、アグロエコロジーについて触れました。

shiryukirie.hatenablog.com

そのなかで日本語検索の結果が芳しくない…と書きましたが、あれはどうもぼくの検索の仕方が悪かっただけのようです。「農(業)生態学」と日本語化して検索すると、サイエンティフィックな結果も含めていろいろ(定量的に言うと約100倍の検索結果)出てくることが分かりました。想像力と工夫が大事ですね。自然科学の世界ではすでに日本語化されているとは気づきませんでした(これが定訳なのでしょうか?)。

そもそも「アグロエコロジー」が差す内容は悪く言って曖昧、よく言って総合的で、どこからどこまでがいわゆるカタカナの「アグロエコロジー」と文脈を共有しているのかを判断するのも難しいのですが、一見したところだとさきの INRA の記述と意義を同じくする内容が多そうなので以降このブログでは「アグロエコロジー=農(業)生態学」とみなすことにします。もちろんカタカナの「アグロエコロジー」と「農(業)生態学」の差異も重要なところで、それぞれがどのような文脈や立場から使用されているかも気になるところです。

 

* * *

そういえば、昨日新しいルームメイトがやってきました。ブラジルのサンパウロからだそうで、ひょっとするとサンパウロ大の学生かもしれません。しかも偶然にもぼくと同じ INRA に留学に来たとか。とてもうれしいし、できればどんなことをしているのか話を聞きたいです。

あめりおれ

今朝、意味がわからないフランス語の単語がまだ微睡んでいる頭の中に浮かんできて目が醒める。ふつふつと遠くからにぎやかな声が漏れてくるようでおもしろい。これは最近フランス語になるべく触れるようにしているからだろうか。少しづつ簡単な表現を試せるようにもなってきた。これまではどうしてもコーヒーブレイクのとき「エクテ(リスニング)」の時間になってしまっていたが、話す相手ができたのがうれしい。それでもまだまだ会話としては成立しないから、気長に付き合ってくれる同僚がありがたい。そういえば昼食のときにも「フランス語が少しづつよくなってきた」と言ってもらえた。お世辞かもしれないが少なくと皮肉ではないとよいと思う。

ミーティングでは進捗を見せた。ミーティングは慣れない。彼らはつねにすごい速度でしゃべり続けているし、論理的に順を追って話そうとすると「これもこれも」と思っているうちに言葉が出てこなくなる。困った。それでもこのひと月の進展をそれなりに評価してくれたようだった。「アイディアがあって印象的な学生」というコメントはきっとお世辞かなぐさめかも知らないが、いずれにせよかなりの程度手を差し伸べてくれるので心からありがたい。ただ、真新しい環境や考えに触れてちょっと風呂敷が広がりすぎ、具体的な進め方が見えづらくなっているかもしれない。「広い視野は大事だが、時には選択的に集中するのも大事だ」ともアドバイスされたが、思えば釘を刺されたのかもしれない。そうでなくとも切実なところ、幾何学や論理学に慣れないために、具体的な進み方が分からなくなりがちである。ちょっと進んでは止まって人に尋ね、もう少し進んではまた訊いて、の繰り返しである。C'est la vie !

アグロエコロジー

唐突ですが、アグロエコロジーという言葉を聞いたことはあるでしょうか?

ぼくは前にちらっと見かけたことがあった(たしか博士課程入試の頃でした)のですが、その時はろくに調べないで放置してました。

 

この記事のきっかけは、いま滞在している INRA がこの「アグロエコロジー」を方針の主軸の一つに掲げてると聞いたことです。しかもお世話になっているもう一つの機関である CIRAD も、このアグロエコロジーを推進しているようです。「アグロ」と「エコロジー」の組み合わせは一見ありふれているように思えますが(そういえば日本でのぼくの専攻名は Agricultural and Environmental biology なので惜しい感じですね)、一語にまとまっているのは意外に「そういうのもあるのか」という感じ(そして「ああ、どうせまたそういうやつね」とも思ってしまう感じ)。

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Agroecology

 とりあえずWiki

 

さらに日本語で検索をかけてみました。

ところが、引っかかってくるのは特定の企業(?)サイトがメインで、あとは雑誌『ふらんす』の特集告知(多分ぼくはこれを読んでいた)とか、ちらっと単語が出てくるだけのものだったりであまり芳しくありません。くだんの企業サイトの説明はどちらかというと緑の革命とか遺伝子組み換えの「欠点」ばかりで、やっぱりアグロエコロジーは分からない。そのなかでは以下に引用するブログは比較的バランス取れた記事だと思うのですがいかがでしょうか。

 

tobitate-sanfrancisco-cuba.hatenablog.com

agroecology.seesaa.net

 

結局、個人的に一番簡潔で分かりやすかったのはやはり INRA と CIRAD の記事でした。

institut.inra.fr

En tant que discipline scientifique, l’agroécologie est souvent présentée comme le croisement des sciences de l’écologie et de l’agronomie en appui à la conception et à la gestion d’agro-écosystèmes durables. Elle mobilise également les sciences économiques et sociales pour concevoir des systèmes multi-performants et accompagner leur déploiement par des politiques publiques et d’accompagnement adaptées. Elle dessine ainsi un nouveau paradigme pour concevoir des systèmes alimentaires durables.

「自然科学の分野としては、アグロエコロジーはしばしば生態学と農学の交差点とみなされ、持続可能な農―生態システムの構想と運営を立脚させます。さらに多角的に機能するシステムを構想し、適切な公共政策と援護によりその展開を実施させるために、経済学および社会科学をも動員します。このようにアグロエコロジーは持続可能な食糧システムの構想のための新たなパラダイムを描き出します。」

(フランス語からざっくり翻訳したので精度は期待しないでください。意訳も含みます。より良い訳が作れる方が見ていたらぜひアドバイスを…)

この後に5つの研究方針が続きます。

  • valoriser la biodiversité et les régulations biologiques
  • optimiser les grands cycles biogéochimiques
  • gérer les paysages et les territoires
  • évaluer et reconcevoir les systèmes de production
  • repenser les systèmes d’innovation et accompagner les transitions

「生物学的調節機構と生物多様性の価値の引き上げ/生物地質化学的循環の最適化/領土と景観の管理/生産システムの評価と見直し/イノベーションシステムの再考と(アグロエコロジカルな状態への)移行の実施」

(ここでも上と同じ泣き言が付きます)

 

なるほど得心がいきました。フランスのスーパーには BIO マーク(国認定の有機作物由来食品の証)つきの食品がずらっと並んでいます。ここからは有機農業への関心が高いことがうかがえますが、アグロエコロジーは単なる有機栽培を超えていわば「より一般的で柔軟なアプローチ」で農と自然の調和を構想していると言えるのではないでしょうか。そうだとすれば個人的にはスマートな主張だと感じるし、共感する部分も少なくありません。先日紹介した Pl@nt net もそういった背景で眺めると一貫性を感じます。

shiryukirie.hatenablog.com

たしかに、日常生活にかけがえのない「食」と生態系のあいだに連続性があると捉えれば、こういったプロジェクトは市民主体でなされる必然性があります。このプロジェクトとアグロエコロジーの関係は今後掘り下げても面白いかもしれません。

 

……翻って、日本語の記事をまた探してみると、どうも善悪二元的というか、軽薄というか、「貧しい議論だなあ」と感じるものも目につきます。アグロエコロジーというより「エコ」全般について気をつけねばならない点なのかもしれませんが、「自然の複雑さ」や「自然に任せることによって得られる豊かさ」を賛美している割には、内容は単調かつ力任せということもしばしばのようです。少なくとも INRA の記事をざっと読む限り、必ずしも既存の農業システムを「仮想敵」に仕立てる必要はなく、現状の評価に基づく仮説から長期スパンでの「最良」の選択肢をとるというのがその規範となるはずだと思うのですが…。

 

最後は皮肉になってしまいましたが、なんにせよ、こういう情報は少しでも耕していくべきでしょう。またいずれ「アグロエコロジー」については取り上げたいと思います。

ひと月目のまとめ

フランスについてひと月が経ちました。あっと言う間です。思えば到着したころにはぎらついていた日差しも、このところ和らいできたように感じます。そして今回の滞在はだいたい80日くらいなので、折り返し地点もそう遠くないことになります。

このひと月は INRA/SupAgro での研究を中心に進めてきました。まだまだこれからの研究ですが方向性は気に入っています。一方で難しい部分も次第に見えてきました。腰を据えてじっくりそれらを対処していくのがこれからのフェーズになると思いますが、加えてこの後は試料採取というもう一つの重大なミッションが待っています。果たして無事に成果を日本に持ち帰れるのか大変不安ですが、フランス人がよく呟く "Pas grave" の精神で時には図太くいきたいです。 ああ、でも検疫が不安……それからフランス国内の知人数人に会いに行く予定です。そのほかにも論文やら企画やら慌ただしい毎日ですが、南仏の雰囲気にときに癒されながらしっかりと励みたいと思います。

 

次回は少し植物学関係のことを考えてみたいと思います。

映画鑑賞

土曜日、『この世界の片隅に』のフランス語版(”Dans un Recoin de ce Monde”)を購入した。家主ご夫妻に見せたところ、日曜の夜に見ましょうということになる。日曜の夜、ご夫妻(と途中までお客さんがいた)と鑑賞会する。

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この作品に出合ったのは去年フランスを訪問した時のエールフランスの機内だったので、フランスの人と一緒に見れるのはなんだかご縁を感じる。偶然にも来月ご夫妻は日本へ旅行するらしく、広島もそのプランに入っているらしい。それにもまたご縁を感じる。見終わった後、「オヤスミナサイ」と日本語で声を掛けられたのがなんとなくうれしかった。