滞仏植物記

植物のかたちを研究する学生のフランス滞在日記

フィールドワーカの長い一日:そして巴里へ

結局、しばらく更新が止まってしまいました。植物採取は当初想像していたよりもだいぶ骨の折れる作業となりました。なにせあまり人のいないところですし基本的には一人での作業ですので……しかも最近は気温が下がり水が冷たいです(水生植物を採ってました)。雨が降る日もありましたし、風が強い日もありました。……と書くと宮沢賢治のようですが、やはり農学が相手にする自然というのは厳しいやつなのです。しかしどうにか、100種類のサンプルを3つずつ、合計で300標本準備することが出来ました。

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この300本のチューブに関してはしっかりと適切な保存をして、無事日本に輸送するのみです(ただし、採集は今回もう一度あります)。さて、この標本を拠点のモンペリエに持って帰り…と行きたいところだったのですが、そうは問屋が卸しませんでした。なんと、カルカッソンヌで降り続いた連日の大雨で洪水が起き、その先にあるモンペリエまで向かう列車が欠便になってしまったのです。その勢いたるや時には数時間で7か月分もの雨が降ったとかで、現地の人々には心よりお見舞い申し上げます。が、その時はそんなにしおらしくしてられる状況ではありません。保冷バック入りの植物標本が余計に痛まないようなるべく早く帰らねばと気持ちは焦りますが、なにせモンペリエには入れないとのことだったので、しばらく悩みました(日本料理屋で寿司を食べながら)。結局、翌日に予定していたパリ訪問を前倒しにしてしまうことにしました。植物標本を持ち歩くのは嫌ですが選択肢はほぼなく、そうするほかありません。花園をでてアジャンという町まですでに出ていたので、そこで事情を説明してパリまで行く列車を整えてもらいました。アジャンからまずパリへ、そしてメトロ(注:地下鉄のこと)を乗り継ぎ宿泊予定のホテルがあるガール・ド・リヨンへ。ホテルに着いたらまた状況を説明し、宿泊を前倒しにする交渉が待っている…そう思いながらガール・ド・リヨンの掲示板を見ると…

モンペリエ行きの列車、動いてません?

なんとパリからならモンペリエ行きの列車がすでに動いていたのでした。ただ、あと5分くらいしか乗り継ぎの時間がありません。走って走って、何とか間に合いモンペリエまでの帰路につくことが出来たのでした。夕方には帰っているはずがモンペリエに着くころにはあたりはすでに真っ暗。もうすぐ夜中になろうとしていました。でも植物標本は無事に冷蔵でき、めでたし、めでたし。こうして、ずいぶんと長い一日をようやく終えたのでした。そして翌日は再びパリ……翌朝、列車の切符を買いなおすことになったのでした。

 

* * *

 

そうです、つまりこの記事をぼくはパリから書いています。朝起きれるかだいぶ不安でしたがちゃんと列車に乗れました。しかも、宿泊はカルチェ・ラタンです!長いこと憧れていた「あの場所」についに今日行きました。そして明日は別の「あの場所」にも行くつもりです。すでに書きたいことが山ほどありますが、それは明日以降のお楽しみとしておきたいと思います。

圃場到着

こちらは10月11日。ついに植物採取のためモンペリエを離れ、とある花園にやってきました。17日まで泊まり込みでの作業になりますが、ここが正念場ですから頑張りたいと思います。

さて、今日の記事はお知らせにとどめます。本当はいろいろと写真を交えて書きたかったのですが、あまり安定した通信環境が得られず……。無理をすると通信料に響いてしまいますし、写真はまた後日掲載したいと思います。それから、そういった状況にあるのでしばらくこのブログの更新頻度が落ち(あるいは一時的に停止し)ます。しばらくは採取第一、ということでご承知ください。

つつがなしや、ともがき

いよいよ明後日から植物採取。準備は概ね整えたられたはずだ。緊張するがフィールド作業は好きなので楽しみでもある。ここのところは数式とにらめっこする毎日だったから(これはこれでよいのだけど)実際の花が恋しい。ただ、雨が心配。今週のモンペリエは豪雨に見舞われる予報らしく気を付けるように言われた。圃場のある地域ではどうかわからないが、とにかく無事に試料採取を完遂できる状況が訪れるよう祈る。

 

* * *

 

それから今日は偶然、小中学校時代の友人と連絡を取り合った。なんでも小学校時代からの夢を叶えることが出来たらしいと聞く。とても嬉しい知らせだし、それなりの志があってフランスまで来ている身としては力をもらう話だ。そして故郷の友人たちが少し懐かしくなった。こちらに来た時は教官からよく"dragon ambitieux" (仏語で「野望を抱く竜」の意。なぜそう呼ばれるかは……名前の直訳だ)といじられていたが、その「いじり」にふさわしい意地をみせねばなあ、と思った。

Le Bleuet de France

ご存知の通り、ユーロ硬貨のデザインは国によって異なります。例えば、フランスの 2  ユーロは「自由・平等・友愛」の象徴。ほかの国では(どこだったか忘れました)君主の肖像とか、あるいはそれそれの文化に由来する事物が刻まれています。

それなりに色々なデザインを見てきたつもりだったのですが、ふと、見慣れない意匠のものが財布に紛れ込んでいるのを見つけました。

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[Le Bleuet de France, fleur de mémoire et de solidarité]

 

マークを取り囲む文字はフランス語ですが、おなじみの「自由・平等・友愛」ではありません。さりとてこれは間違いなく 2 ユーロ。要するにこれは記念硬貨です。中央に大きく描かれているのは Le Bleuet つまりヤグルマギク Centaurea cyanus 。非常に美しい青い花です。さらに画像右側には 1918-2018 とあります。間違いなく年号でしょう。2018 ということは、つまり今年発行された物であるようです。では 1918 は?そしてヤグルマギクとの関連はどこにあるのでしょうか?

 

そもそもヤグルマギクはフランスを象徴する花でもあります。ただしいわゆる国花とは少し違う位置づけです。というのはフランス国旗において「自由・平等・友愛」を意味する「青・白・赤」それぞれの色に対して「ヤグルマギク・マーガレット・コクリコ(ひなげしの意)」を充てることがあるためです。これらの 3 種はフランスの農地によく見られる植物で、素朴でノスタルジックな原風景…のような含みもあるのかもしれません。というわけで最初はそういった由来から「自由」担当のヤグルマギクが何らかの理由で前に出てきたか、もしくは実は三枚一組になっている、というような可能性を考えていました。しかし取り囲んでいる文言や 1918 との関係が不明です。

では 1918 と併せて検索をかけてみたらどうか?ビンゴでした。1918 とは第一次世界大戦終結――正確にはドイツが休戦に応じた年――でした。そしてヤグルマギクは戦争の犠牲の象徴であるそうです。この硬貨は終戦から100周年を記念してつくられたものだったのですね。

Bleuet de France — Wikipédia

曰く、「花言葉においてヤグルマギクは繊細さや内気を象徴し、繊細でか弱く純真な心持のメッセンジャー」であり、同時に「大戦中絶えず砲弾によって掘り返される大地から生え続ける」「塹壕の唯一の彩りであり生命の証」であった、とその起源が説明されております。つまり『この世界の片隅に』において(これもまた世界大戦の物語です)タンポポの花がそうであったように、フランスでヤグルマギクと言えば「力強く生きようとする名もなき命」の象徴なのですね。そういえばフランスには戦没者慰霊の碑があちこちにあります。今通っている農学校にもあります。そして碑には散華した人々の名前がみな刻まれています。

 

取り囲んでいる文字列を改めて訳しておきましょう

 Le Bleuet de France, fleur de mémoire et de solidarité

「フランスのヤグルマギク、団結と記憶の花」

 

こういう話がでてくると植物の文化史を調べていて面白いなあと感じます。何気なく財布に紛れ込んだコインの図像から文化の底に横たわっている思いを垣間見ることが出来ます。そういったことがあるのも、人が花に特別な思い入れを託そうとするからにほかなりません。

 

ちなみにネットで調べたところによるとヤグルマギクを青く彩色した豪華版(?)も存在するとのこと。ぜひ見てみたいものです。

ドイツ植物学史との遭遇

このところ研究で忙しく筆が滞りました。おかげさまで来週の進捗報告には少し成果を見せられそうです。この先もうまくいけば植物形態の研究としては割と新しいアプローチを打ち出せるのではないでしょうか(と言うのはぼくの弁ではなく指導教官のヌヴ氏)。

 

さて、今回もぼんやりと通常運行です。

研究を進めるにあたって我々のような博士学生はいろいろ論文を読むわけですが、今日読んでいた論文はなかなか目を引きました。もちろん提案手法やその結果もですが、特に「おおっ」と思ったのが  introduction (序論)の先行研究紹介です。…とは書くのですが、あえて論文の URL は特に貼りません。あまりにマニアックだからです。そして多分、多くの人にはあまりぱっとしないと思います。まずはグリーゼバッハ。続いてザックス。さらにアイヒラー、ゲーベル…と名前が出たのをみて(実は『ファウスト』の呪文ではないのです)、個人的には「おおっ」が「おおおおぅ!」に変わります。なんだかいいものを読みました。今挙げた名前はいずれも19世紀のドイツの植物学者たちです。冒頭で引かれている論文にこれだけ19世紀の論文がならぶ、という状況は今日の生物学では決して多くありません。繰り返しますがなんだか得した気分です。

ちなみに、自分でそういう古い文献を探す場合、Biodiversity Heritage Library がおすすめです。

www.biodiversitylibrary.org

このサイトでは生物学にまつわる古い文献が無償で読めます。PDF で読むことが出来るのでとても便利です。

話が逸れました。

といっても、生物学を齧ったことがなければ名前はおろかその研究成果もピンとは来ないでしょう。かろうじでアイヒラーが「顕花植物と隠花植物」という、もしかすると小学校くらいで登場したかもしれない分類に貢献したくらいでしょうか(そして、それすらあまり……と感じる人が多いと思います)。しかし世の中でノーベル賞だなんだと取り沙汰される基礎にはこういう人びとの——ここで挙げた「無名の大御所」たちと、その弟子たち——の活躍があってのことで……という説教は今のぼくには実にどうでもいいのです。ただこの名前の連なりを拝めた、という偶然に「今日はいいことあったなあ」と清々しい気持ちでいっぱいなのですから邪魔はしないでいただきたい。ブログ読者との共感可能性は限りなく低いですが、それも関係のないことです。いや、ありがたやありがたや……

 

と、かようにぼくは植物学史好きです。ただし下手の横好きではありますから詳しくはありません。生物学史全般好きですが、どういうわけか特に植物学史はお気に入りです。

それから、生物学と歴史の間の関係についてはいろいろと考察もあり、いずれどこかに書きたいと思っています。一言で言えば岩波文庫版の宮沢賢治銀河鉄道の夜』において、「ブルカニロ博士」と思しき人物が読んでいる本をジョバンニに説明するあのシーン、あれに近い感覚と効用を覚えるというところでしょうか。

折り返し地点

もう10月になりました。

すでに滞在期間は折り返し地点を過ぎ、後半に入っています。

ここからはパリやトゥールーズへの訪問や共同研究先での植物採取が予定されており、モンペリエを離れることが多くなります。慣れつつある街を離れるのは少し不安ですが、帰国後の活動へつなげていくためにもここをしっかりと乗り切らねばいけません。

もちろん、こちらでの研究や論文もできる限り進めたいところです。それからせっかくの滞在ですから、いろいろと見聞を広めるのも大事でしょう。やるべきことはたくさんあります。「前のめりに挑戦していこう」「もっとクレイジーに」と背中を押されてる身ですから「ガンガンいこうぜ」の心意気で頑張りたいところです。

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我らが海

こちら9月29日です。トラムの一番線に乗ってぶらぶらとしていると、Odysseum 駅の近くに水族館(というより科学館?)を見つけました。全く予定外でしたが、せっかくなので入ってみることにしました。

www.planetoceanworld.fr

 

外見はこんな感じ。

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水族館の看板に書いてある「MARE NOSTRUM」というのはラテン語で「我らの海」を意味し、地中海のことを指すようです。

我らが海 - Wikipedia

モンペリエは地中海がすぐそこですからまさにぴったりでしょう。隣接する宇宙館のほうへ水族館から連続しているので「人類の住む地球という巨大な海」をも指しているのかもしれません(と、どこかに書いているのかもしれませんが、解説類はだいたいスルーしてしまったのであっても見逃したと思います。)

今日は土曜ですがあまり人は多くありませんでした。おかげでゆっくりと見れました。生体展示は控えめな印象です。個人的には地味な魚が丁寧に展示されているのとか、なんとなく陰気…というか静謐な水槽のほうが、カラフル原色系の魚が舞い踊っているより好きなのでこれもよかったです。

展示そのものはいろいろ工夫されてます。入っていきなり鏡張りの部屋で、青い照明が雰囲気を作っています。と、上からバシャンと水の音。見上げれば天井にモニターがあり、裸の男女が飛び込んでくる映像が流れています。どうやらすでに海中への旅が始まっているということのようです。

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北斎です。

水槽を眺めながら進んでいくと凝った「舞台装置」が。

f:id:shiryukirie:20180930034349j:plain探査船を完全再現です。モニターに嵐の海が広がり、それに合わせるかのように床が揺れるアトラクション的な要素のある部屋もありました。そして冒険は深海へ…。

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ジュール・ヴェルヌの『海底二万哩』のような雰囲気。まるでネモ船長の研究室のようです。

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博物学者」や「驚異の部屋」が大好きなぼくにとって、今回もっとも琴線に触れたのがこのディスプレイ。いかにもという感じです。だがそれがいい。奥の青い球体型水槽を覗き込むと…

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水槽の縁でアンコウがこちらを睨んでいました。ちょっと驚きました。

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大水槽では身の丈より大きなサメの勇ましい遊泳が堪能できます。ノコギリザメの沈黙もまたカッコよい。

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水族館の最後はクラゲの幻想的な群泳(浮遊?)で締めくくりです。この先は宇宙館。

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実は宇宙館のほうはあまり写真撮ってません。アトラクション的なものがメインで、写真それ自体で見ごたえがある感じではなく…(すみません)。それから、カメラに写った鑑賞者にリアルタイムに反応するタイプのアトラクション(モニター上のトドと戯れられるとか、カメラの前で動き回る自分の姿が宇宙服を着たものになるとか)がいくつもありました。それはそれで楽しいものですから、それらについてはぜひご自身で体験を。

さらに言うと、ほかにもペンギン水槽(小型のサメと混泳という意外さ)や熱帯雨林を模したテラリウムなど、この記事にはいろいろ載せていないものもあります。やや割高なチケット代でしたが、それなりに楽しい施設だと思います。