滞仏植物記

植物のかたちを研究する学生のフランス滞在日記

滞在最終日

ついにこの日を迎えました。

いろいろとトラブルもあり心が折れかける時も少なからずありましたが、たくさんの人の力を借りて予定していたスケジュールをどうにかこなすことが出来ました。あまりこの手のコメントは優等生感あって素直に書きづらいのですが、今回についてはそう表現するよりほかありません。日本では採集に備えた追加の予備実験をお願いし、フランスでは植物検疫の手続きについて訪ねて回り、列車が止まれば相乗り、植物採取では無償で部屋を貸していただき、パリとトゥールーズでは知人たちの温かいもてなしに癒され……そのほか無数の協力があってここまで来ました。もしこのブログの読者に今回の滞在で力を貸してくださった方がいたら、まずはこの場を借りて心から感謝申し上げます。

 

ちなみに、植物検疫に関しては今回の帰国で持って帰れませんでした。担当者と手続きを完了はしたのですが、フランス農業省の返答を待たねばならないそうです。やんぬるかな。結局、証書が届き次第、一緒に研究をしていたクリストフが日本に送ってくれることになりました。はい。最後の最後まで手を差し伸べてもらっております。彼には今回幾度となく助けていただき、いくら言葉を費やしても感謝しきれません。

 

それからこのブログについては、とりあえず帰国後にもう一度更新する予定です(少し空くかもしれません)。その後については未定です。植物学周辺の備忘録として続けていくことを考えてはいますがあまり確実ではありません。いや、書き足りないことがたくさんありますし振ったっきり未回収の話題も多すぎるのでなんとか自分が満足するようにはやっていくつもりですが…まあ、それもおいおいでいいですかね。

 

さて、長らくお付き合いいただきありがとうございました。ふつつかな滞仏ブログにも拘わらず読んでいただいた方に感謝申し上げます。ときどき閲覧数をチェックしながら、「ああ、まだ全員に見放されたわけではないな」などとほっとしたことも何度もあります。もしあなたがフランスやそのほかの国に少し長めに滞在することがあったとき、参考になることが少しでもあったならうれしいです。ブログを書くとまだ独りになってないことを確認できるとか。それからほぼ全く何もかけていないですが身近な植物についても気を留めてくれたら完璧です。「この野菜、いつからこんななんだろう」とかですね。まあそれが面白いかは人によります。

 

あまりだらだら書いても仕方ないですね。そろそろ一旦しめておきましょう。あとは安全に帰るのみ。帰るまでが滞仏インターンです。

では、À bientôt !

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モンペリエ凱旋門

 

最終進捗報告前夜

11月4日です。フランス滞在も残り3日となりました。明日は INRA/SupAgro にて最後の進捗報告会です。そのためにこの数日の休日を消費して準備を進めてきました。最後の締めくくりをぴしっと決めて帰国後の研究――そしてまたフランスに戻ってきた日のための足掛かり——をしっかり残したいと思います。

 

今回の滞在ではこれまでの研究を単に進めるだけでなく、新しい方向性や手法の導入をしてきました。たぶん帰国したらあちこちでその内容については話すことになると思います。幾何学や計算機科学を専門としてきた人々との研究は非常にインスピレーションを与えてくれるものでした。静かで落ち着いた環境で、学食はおいしく、とても楽しい研究生活を送れました。明日の報告会はその感謝もにじみ出るものにしたいです。

 

それでは今回の滞在最後の報告会、がんばります。

 

追伸:1日のディネではなんと熱燗を飲みたいという切実な望みが叶いました。芋焼酎「大魔王」です。

霜月来る

11月1日。二日前に植物採集を終える。予定していた採集を何とか完了。思い出せば、8月にモンペリエに着いてからもいろいろと計画を変更した。日本から物資を送ってもらったり、予備実験をやっていただいたりもした。協力してくださったすべての人に感謝。あとはきちんと輸送して実験に使うのみ。植物検疫は6日に予定。

その夜、外に出ると満天の星空が見えた。とても寒いが、スイレンの葉の影のあいだに星が映って言いようもなく美しかった。ひとりビールを飲みながらしばらく眺める。

 

昨日は花園よりモンペリエに戻る。列車、途中まではよかったがトゥールーズ過ぎたあたりから止まりがちになり結局3時間半で着くところ7時間もかかった。やはりカルカッソンヌの災害のせいだろうか。今回はトラブル続きでかなり骨を折った。長いこと列車に閉じ込められ、過労からか心身の具合が悪くなる。一時は激しい息苦しさや寒気を感じたが、自宅でよく眠りいちおう回復。

 

11月1日は祝日で街はいろいろと休み。ぼくも昼寝したりして、一日しっかり休ませてもらった。日本旅行から家主ご夫妻が戻ってきていたので朝少し話す。日本のお酒…焼酎の「大魔王」など…をお土産に買ってきた模様。「串カツ」と書いた提灯には思わず笑ってしまった。その日の夜のディネに誘われた。時折、ご夫妻はかなり手をかけて(時にはその日の朝から)夕食の料理を作る。この日も朝からキッチンに食材の準備進められていて期待。お誘いには「是非」と答えたので、この記事を書いたらご一緒させてもらうことになるだろう。日本旅行の話など聞こうと思う。ぼくも来週には日本だ。友人やなかまたちに会えるのはうれしい一方、なんだか少し寂しい気もする。

雨ニモ負ケズ

10月28日。思ったより寒くなった。気温は3度。雨。水中の植物を採集するにはあまりにきつい条件だ。上からも下からも水が入ってきて、冷たいを通り越して刺すように痛い。寒くて全身が震えながらの作業。そんななので思うように植物が集まらない。採集の状況を投稿したら、師匠から応援のメッセージがつく。うれしい。とともにこのミッションはやはり十二分にやり遂げなくてはならないと強く思い直した。

温帯性のスイレンはもうあまり咲いていないのに、熱帯性のスイレンはまだまだ咲いている。温室ではなく野外栽培なのに。葉はまだまだ残っているものが多い印象だが、すっかり残っていない品種もある。冷雨が水面の葉をたたく音はよく聞けば心地よいが、そんな余裕もなく「小屋」と圃場を行き来する。明日はもう少しうまくいけばいいと思う。

トゥールーズ、そして第二回植物採集へ

10月27日。第二回目の植物採取に来る。
前日、トゥールーズに滞在。ディアヌ宅に泊めていただきご家族から暖かいおもてなしを受けて感激した。ディアヌとは今年2月以来。
熱い栗を食べながらトゥールーズの古い街並みを案内していただいたり、夕飯に鴨肉料理やケーキをふるまってもらう。お互いの進捗などについても話し合うことが出来て大満足。

翌朝は家族そろってマルシェで朝食を買う。ここでもパン・オ・ショコラやクレープ、コーヒーをおごっていただき恐縮。とてもおいしかった。その後、家に戻ってショコラ・ショを飲みながら仕事。ぼくが歩くたび、小さな飼い猫がついてきて可愛らしい。悪天候のため予定していた植物園には今回は行けなかった。トゥールーズの建物は赤いレンガで出来ていて「薔薇色の町」という別名があるそうだ。それから、すみれを使った日用品が特産で「すみれの町」としても知られているらしい。菫の砂糖漬けなどをお土産に購入。とても素敵な街。

昼過ぎ、駅まで送っていただいたが生憎の列車遅延。そのせいで乗り換えの列車を逃してしまった。たまたまタクシーを見つけることが出来たので(タクシーで相乗りというのを初めて体験し非常に戸惑った)、それに乗って無事ナーセリに到着。今回はトゥールーズ行きも列車がキャンセルになり BlaBla Car という相乗りサービスを使った。今回の採取旅行は知らない人と一緒に移動することが多い。結果的に安く済むが、いろいろ不慣れで気を遣うのが少しつらい。無事採集、そして日本への輸送を完遂できることを祈る。

巴里を歩く―フランス国立自然誌博物館

昨日の記事に引き続きパリの記事です。今日は10月19日に訪問した「国立自然誌博物館」についての記事です。その名が示す通りここもまたデロールと同じように自然誌――つまり博物学にまつわる場所です。それも世界屈指の規模の。

 

「フランス国立自然誌博物館」こと MUSÉUM NATIONAL D’HISTOIRE NATURELLE 

www.mnhn.fr

 

博物館といっても、その施設は一か所にすべてが集中しているわけではありません。国立自然史博物館が管轄する施設はパリの数区に存在し、さらにパリ外にもいくつも関連施設があります。その所蔵標本数は極めて多く、アメリカ国立自然誌博物館とロンドン自然誌博物館に次ぐ大規模収蔵施設です。そのうち今回見たのはパリ5区の植物園内にある施設です。

公式ホームページによれば、5区の植物園内では七つの場所が公開されているそうです。

Sept lieux de visite sont ouverts au public : 

 

 すなわち、

  1. 進化大展示室
  2. こども展示室
  3. 古生物および比較解剖学展示室
  4. 地質および鉱物学展示室
  5. 植物学展示室
  6. 植物園大温室
  7. 植物園付属動物園

の七つです。このうちぼくが今回見ることが出来たのが 1,3,4,6 の四つです。ホテルは博物館のすぐ傍、かつほぼ一日費やしたにもかかわらずすべてを見ることはできませんでした。これでもそれなりにタイムキーピングをしていたつもりでした。が、フランス博物学の化身のような施設が誇る圧倒的物量の前には、たかだか一日程度ではほとんど何も為すことが出来ません。

 

正面の門から入ればまずラマルクがうわの空であいさつし、

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ジャン=バティスト・ラマルク - Wikipedia

一番奥に構える進化大展示室前ではビュフォンが本を片手に一瞥します。

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ジョルジュ=ルイ・ルクレール・ド・ビュフォン - Wikipedia

 

さて、訪問した施設を一つ一つ丁寧に紹介…しようと思ったのですが、いかんせん物量が尋常ではなく、それに伴って書きたいこと・書くべきことも半端な量ではありません。当然、一介の学生がブログのひとつの記事としてまとめるのは時空間計算量の観点から現実的な判断ではないと思われたので、今回は俯瞰的にさっと書くことにします。写真は一枚づつに限定し、他の写真はしばらく抽斗の奥ということで…

 

1.進化大展示室

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いきなり本丸の紹介です。進化論、古典的交配育種、それから最新の分子生物学的知見まで「進化」をあらゆる角度から解説します。この展示室の特徴は何と言っても剥製。どの方向を向いても剥製だらけという濃密な空間です。それから照明が独特でなんとも幻想的。

 

3.古生物および比較解剖学展示室

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進化大展示室が「剥製」なら、こちらは「骨」です。といっても、植物化石や軟体動物の殻、液浸標本もあります。ずらりと並んだ骨格は圧巻であり、どこかクラシックでオーセンティックな科学の雰囲気を感じることが出来ます。

 

4.地質および鉱物学展示室

f:id:shiryukirie:20181024052337j:plain地質および鉱物学展示室は規模こそやや小さめに感じますが、きらびやかさと豪華さでは筆頭でしょう。写真では伝わりにくいですが、ここに写っている鉱石すべて1メータはあり、重さにすれば数トンはくだらないでしょう。他にも色とりどりの宝石や不思議なパターンを有する瑪瑙、信じられないほど整然とした秩序を見せる結晶など、目を引く存在ばかりです。

 

6.植物園大温室

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大温室はどちらかと言えば落ち着く場所です。静謐が張り付く熱帯雨林エリアやあらゆる気配が口をつぐんだような乾燥地エリアがあるかと思えば、ニューギニアエリアでは遠くから人間が始まる前の喧騒を聞いているような感覚がしました(この欄、言語化しようとしたらなぜかポエティックになりました。仕方ないですね)。とにかく上三つと違って実際に生き物を展示しているためか、ちがった感慨がわいてきます。

 

以上、駆け足でざっと紹介してみました。本当は全く紹介できていませんが、実力不足を潔く認めて万人に訪問を強く勧める次第です。実際に体験してみるということの情報量の多さが身に染みるような場所であり、デジタルアーカイブ全盛の時代が到来しても(既に到来してる?)こういう「生の標本」を保存する価値が決してなくなりはしないことを強く感じます。展示内容については、関連するトピックを取り上げた時にまた改めて紹介することにしましょう。

巴里を歩く―カルチェラタン散策、デロールDeyrolleへ

 お久しぶりです。植物採取から巴里散策を経て疲労困憊し、また少し間が空いてしまいました。今回は前回仄めかしたパリ散策のことを書きます。日付は10月18日にさかのぼります。

 

前回書いた通り、今回の宿泊先はパリの学生街として有名なカルチェラタンです。ここはパリ大学をはじめとする古い大学やグランゼコール、その他研究機関が集中するフランス屈指のアカデミックなエリアであり、その名前もかつてこの地域が「各地から集った学識ある者たちが(学問上の共通語であった)ラテン語 Latin で会話する地区 Quartier」であったことに由来します。今回ホテルはパリ自然史博物館のすぐそばで、十二分にパリの知的芳香を楽しむことができました。

さて、前回「あの場所」と書いた場所は5区から西に行った7区にあります。ホテルを出て、カルチェラタンの雰囲気を楽しみながら目的地を目指します。

やがて見えてくるコレージュ・ド・フランスを超え…

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さらに歩き続けてサンジェルマン=デ=プレ教会を通り過ぎ…

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全体で30分ほど歩くとついに到着です。

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憧れの「あの場所」とは1831年創業の老舗理科教材・博物標本店デロール Deyrolle です!公式ホームページはこちら。

www.deyrolle.com

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残念ながら店内は撮影禁止のためお見せできませんが、モルフォ蝶からライオンまであらゆる標本が展示され、しかも購入可能というまさに「買える驚異の部屋」……。店内には鉱石、昆虫、鳥、哺乳類、貝類その他標本、博物学関連書籍、植物採取用具、昆虫採取・標本作成用具…とあらゆるものがそろっています。2008年に火災に見舞われほぼすべての標本が焼けてしまったそうですが、各方面からの救いの手もあり見事復活しました。それから10年経ったわけですが、非常に立派な素晴らしい空間でした。什器も博物館顔負けですし、目の前で職員さんが展翅している様子といったら…たまらん。あまりに感動しすぎて思い出しながらこの記事を書いていてもうまく言葉がまとまりません。個人的に長年訪ねたいと思っていた場所の筆頭だったので、こうして実際に訪れる日が来て本当にうれしいです。

ご興味を持った方、子供向けではありますがこんな本が日本語で出てますのでどうぞ!

www.fukuinkan.co.jp